(1)日本の「古代」はいつからいつまでか

  はじめに

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遮光器土偶(亀ヶ岡遺跡出土:青森県つがる市)

 日本の〈古代〉とは、いつからいつまでか。

 歴史教科書では「弥生時代から律令の時代まで」を指すことになっています。

 律令制が消滅したのは文治元年(西暦1185)十一月二十八日に発せられた文治勅許(源頼朝と北條時政による守護地頭の設置)ですから、平清盛は「日本古代史最後の政権掌握者」ということになります。しかしここでは、「弥生時代から飛鳥時代まで」で区切りたいと思います。

 具体的にいうと、紀元前700年ごろから紀元後700年代までの1500年間、最大でその前後100年を加えた1700年間です。21世紀の現在から1500年さかのぼると継体天皇の時代、1700年さかのぼると卑弥呼女王の時代に到達します。つまりこの国の歴史の半分以上です。

 わたしたち昭和20年代生まれの世代は、小学校や中学校の歴史の授業で、

 (1)狩猟採集の縄文時代が長く続いていた

 (2)紀元前300年ごろ稲作が始まって弥生時代が始まった

 (3)紀元後200年代の後半から古墳時代

 (4)西暦500年ごろから飛鳥時代

 (5)710年の平城京遷都から平安遷都までが奈良時代

 ——という時代区分を覚えました。

 そして高校生のとき、宮崎康平さんがお書きになった『まぼろしの邪馬台国』で、紀元3世紀の前半に「邪馬台国」という古代国家があって、そこに「卑弥呼」という女王がいて、30の小国を率いていたということを知りました。

 江上波夫さんの『騎馬民族征服王朝説』ですとか、藤間生大さんがお書きになった岩波新書『倭の五王』ですとか、もう順番は覚えていませんけれど、日本の古代史にかかわる様ざまな本から様ざまな知識を得てきました。そうしている間に、順不同ですが、松本清張さん、鈴木武樹さん、古田武彦さん、安本美典さん、大和岩雄さんといった、日本古代史の非専門家が独自の視点に立った考察を発表されました。

 なかでも『東アジアの古代文化』では、井上秀雄さん、大林太良さん、山本武夫さん、國分直一さん、吉野裕子さん、このほかにも多くの論者がキラ星の如くに論を闘わせました。それを読むと、どうやら日本の古代史は分からないことばかりなんだということが理解できるようになりました。

 この国の起こりはほとんど霧に包まれているわけです。最近の研究では弥生の始まりは紀元前7世紀、最大紀元前1千年にさかのぼる可能性が出てきました。

 ところで、古代北東アジア世界における日本の公式な表記は〈倭〉でした。これは日本列島の住人の自称ではありません。名付けたのは中国の人たちです。なぜ〈倭〉なのか、由来は分かっていません。間違いなくいえるのは、初めて中国の人と出会った日本列島の人が「ワレは」と言ったから、ということではないようです。

 

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