(20)祭祀譚から読みとる大物主神の正体

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大物主神は多くの異名を持っています。

『書紀』巻第一には「一書曰」として、 大國主神、亦名大物主神、亦號國作大己貴命、亦曰葦原醜男、亦曰八千戈神、亦曰大國玉神、亦曰顯國玉神。其子凡有一百八十一神 の文言が見えています。多くの名前を持ち、「其子凡有一百八十一神」と子沢山なのは、多くの精霊や神さまが合体したことを示しています。大物主神そのものが、ありとあらゆるモノの集合体だったのです。

それぞれの読みは、大國主は「おおくにぬし」、大物主は「おおものぬし」、國作大己貴は「くにづくりノおおなむち」、葦原醜男は「あしはらノしこお」、八千戈は「やちほこ」、大國玉は「おおクニタマ」、顯國玉は「うましクニタマ」です。

このほか御諸山上坐神(みもろの山の上にいます神)、美和之大物主神(ミワの大物主の神)、八戸挂須御諸命(ヤトカケスみもろノ命)、大物主葦原志許(大物主・葦原のシコ)、倭大物主櫛甕魂命(ヤマト大物主クシミカタマの命)、意富美和之大神(オホミワノ大神)といった異名があるようです。

もうちょっと分かりやすく解説すると、大國主は「因幡の素兎(しろうさぎ)」で知られます。神話では「白い兎」ではありません。大國をダイコクと読んだことから、密教の大黒天、元はヒンドゥー教のマハーカーラ(大暗黒)神と合体して七福神の「大黒さま」になりました。

大己貴(おおなむち)の「な」は「国土・大地」、「むち」は「貴い」の意で、総じて「大いなる貴い大地」の意味。葦原醜男の「葦原」は「稔り豊かな大地」、「醜男」の醜は「醜い」ではなく「たくましい、勇敢な」の意。八千戈は「たくさんの戈」ですから「強い軍事力」を司るという意味、「八戸挂須」は四方に戸を掛けた状態なので、「強固な壁に囲まれた中」のことでしょうか。

「倭(やまと)」「意冨(オホ=大)」「魂(タマ)」といった美称、形容を取り除くと、「御諸」「美和」が残ります。三諸山が奈良盆地南西部、桜井市に聳える三輪山のことと分かると、三輪神社の主祭神が大物主であること、大神と書いて「ミワ」と読むことの事情が少し理解できます。

わたしたちは「因幡の素兎」のイメージから、大物主神(大國主神)は出雲(島根県)の神さま、あるいは大國主神の本拠地は出雲だと認識しがちです。また、アマテラス大神にはじまる天津神に対置する国津神の親玉で、ヤマト王統はその荒ぶる魂を鎮めることに気を配ったと考えています。

ですがイカガシコヲの大物主神祭祀譚では、大物主神は大王の悩みを解決し、ヤマトに安寧と五穀の稔りをもたらしました。ゆえに大王は大田々根子をして祀らせたのです。大物主神はこのときヤマトの守護神となった——『書紀』のミマキイリヒコ大王紀はそのように読み取れます。

 

写真は三輪山の全景(Wikipedia)