(23)本当の王統始祖神は誰か

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アマテラス(天照)神は日神であると同時に神に仕える巫女であり、ヤマト王統の始祖(「皇祖」という意味ではありません)ということになっています。神さまの系図は次のようです。

アマテラスーーオシホミミーーニニギーーホホデミーーフキアヘズーーホホデミ

最後のホホデミが奈良盆地に入って「カムヤマトイハレヒコ」と名前を変えます。漢字に直すと「神日本磐余彦」ですが、分解すると神、日本、磐余の男です。磐余は「奈良盆地桜井市中部(阿部・池之内)から橿原市南東部(池尻)にかけての古地名。天香具山北東山麓を指す。石村石寸とも表記する」(ウィキペディア)です。

つまりイハレヒコ(神武)から5世さかのぼったのがアマテラスです。 これは大宝律令の継嗣令「自親王五世雖得王名不在皇親之限(親王より五世の者は王の名を得るといえども皇親の限りにあらず)」に依拠しています。大王から数えて5世の孫まで王位の継承権がある、というのです。イハレヒコの5世さかのぼったところにアマテラスが設定されたのはそのような事情です。

ところがアマテラスは始祖に設定されているものの、その子・オシホミミはアマテラスとスサノオの誓約でアマテラスが身につけていた玉から生まれたことになっています。つまり直接の血縁関係がありません。

王統の始祖なので神秘で霊的にした、という説明もありますが、『書紀』には血縁関係にある始祖がちゃんと記されています。 それはカミムスビ(神産巣日)とタカミムスビ(高皇産霊)という神さまです。

天地開闢の最初に現れた神で、その娘・ヨロズバタトヨアキツ姫はオシホミミと結婚してニニギが誕生します。イハレヒコの5世の祖という点でアマテラスと同じ立ち位置ですし、葦原中国の平定や天孫の降臨を指令したり、イハレヒコのヤマト侵攻を援けたりしています。本当の王統始祖はカミムスビ・タカミムスビの2神で、イザナギ・イザナミはその写しなのでしょう。

そこで思い当たるのは、ウノササラ女王(持統)とオビト王(聖武)の関係です。ウノササラ女王はオホアマ大王の正妻としてクサカベ王を産み、クサカベ王の子がカル大王(文武)、その孫がオビト王です。オビト王はウノササラ女王の3世の孫に当たります。

アマテラスは女性でなければならず、オシホミミの3世の孫にホホデミがおり、5世の孫にもう一人のホホデミ(イハレヒコ)がいる理由はこんなことかもしれません。

いずれにせよ『書紀』『古事記』の神話は天武・持統の治世(672~703)、さらにオビト王の大王即位を正当化するために加工されています。アマテラスを中心とする天津神の系譜と高天原のエピソードが7世紀末の30年間に創作されたと仮定したとき、それではヤマト王統の本当の始祖は誰になるでしょう。

注目すべきは『書紀』の「一書曰」にある「天照大神者可以治高天原也」の続きです。

それは「月讀尊者可以治滄海原潮之八百重也 素戔嗚尊者可以治天下也(月読尊は滄海原潮之八百重(大海原)を治めるべし。素戔嗚尊は天の下を治めるべし)」となっています。神格がない素戔嗚が、天の下を治めたとあるではありませんか。

ミマキイリヒコはスサノオを後裔を自認していたのではないか。つまりミマキイリヒコは物部氏を出自とする大王だったからころ、大物主神を祀ったのです。

 

写真は檜隅大内陵(天武・持統合葬陵:奈良県明日香村)